暗がりで、鬼火が宙を舞い赤く燃える。
部屋の中にぽつりぽつりと浮かび上がり
ゆらり、ゆらりと闇の中に揺らめくその様には、
人の心を惹きつける何かがあった。
「……落ち着く」
自分の妖力で生み出した炎たちを、畳に寝そべって眺める妖ノ宮が
漏らした声は、酷く小さかった。
この部屋に、篭もって何日になるだろうか。
この間、人が尋ねて来てから何日たっただろうか。
思い返してみても、答えははっきりとは分からない。
それだけ、外に出てないということだわと、
結論を出すと、自然とため息が出た。
今の妖ノ宮に出来ることといば、
何かを食すことと、寝ることと、こうして妖としての力を使い
戯れに炎を出すだけ。
母親の顔も、何の妖であったのかも知らない妖ノ宮だが、
不思議と、自分に備わった力の使い方は、
赤子が誰にも教わらずとも息をするように、自然と知っていた。
とはいえ、城にいた頃は、毎夜毎夜、炎を出すような真似はしなかった。
覇乱王の血筋である妖ノ宮には、表舞台に出ないとはいえ仕事があり、
このような戯れごとにかまけている暇は無かったからだ。
「それだけ、することが無いということね」
ため息をつきたいような気分を誤魔化して、
生んだ炎を右に左に意味も無く移動させる。
相変わらず、五光夢路という男が、何を考えているのかは
ようとして知れない。
彼は、諸侯など、権力のあるものが尋ねてきたときだけ
妖ノ宮を部屋から引きずり出し、同席させる。
しかし誰かが尋ねてくる頻度の高さからいって、
彼が四天相克に対して積極的に働きかけていないのは明らかだった。
それは、果たして彼に政治能力が無いからなのか、
それとも何か別の目的があるからなのか。
あの、辰親への対応からみる政への関心の薄さから言って、
後者の可能性が高いかもしれない。
「いや、それを言うのなら、前者の可能性だってあるわ」
言うと、苦笑いが唇に自然と浮かんだ。
他の兄弟達も、こういう具合なのだろうか。
いや、そんなはずはあるまい。
少なくとも、本紀大叔父ならば、このような遺児の使い方はしない。
黄金の延べ棒を、どぶに捨てるようなものだ、こんな扱いは。
もっといい使い方はいくらでもある。
例えば、折角遺児が自分なのだから、妖を廃すことを叫ばせてみるとか。
対人間にとっては、些細な効果しかないだろうが
妖ノ宮という存在に、妖と人との架け橋という希望を見出している
四天王伽藍は、激しい衝撃を受けることだろう。
他にも、やれば効果があるであろう策は、いくらでもあるのに。
弟と、妹のついでにお情けで本紀に叩き込まれた
政への考えが、知識が、現状への不満を大きくする。
それを、大きく深呼吸して落ち着かせると、
妖ノ宮は出していた炎をかき消した。
「いずれにせよ、何を考えているのか、見極めなくては動きようが無い」
暗闇の中で呟き、最後に大きく美しい焔で天井に大いなる八柱のオロチを描く。
その赤は、ほんの一時ではあるが、妖ノ宮の心を確かに慰めた。
「ふん…遊んでやがるな」
屋敷の中で何者かが妖力を使っている気配に、夢路はそちらの方角を見た。
鳥は随分と暇をもてあましているらしい。
ここのところ毎夜毎夜、自分の妖力を使って何がしかを行っている。
好きにするが良いさ
口の中で呟いて、夢路は部屋の戸を開け、真っ暗な闇夜を眺めた。
絵の具の黒をぶちまけた様な、星一つ無い深い深い闇の中
何故だか光ってもいないのに、ぼんやりとその中に存在を主張する山がある。
「鳥は籠の中にいる。あとは開くだけの力さえあればいい」
声に篭もった声は強く強く。
その中に込められたものを、鳥はまだ知らない。