夢路×妖ノ宮
ちょっと、お前らに聞いておきたいことがある。
そう言って、夢路がヤオヨロズ一同を集めたのは
夜も更けかけ、誰もが寝静まった頃であった。
集められるだけ集められたヤオヨロズたちをぐるりと見回し、
夢路は口を静かに開く。
「一つ確認するが、お前らは自然に憑くものだな?」
『そうだよー』
ひらりと、翼をはためかせ、ワイナミョイネンが答える。
それにそうかと頷き、夢路は据わった目をヤオヨロズたちに向けた。
「じゃあ、あれか…寝所に行って寝ようときだとか、
他にも誰も居ないはずなのに、どこかしらから視線を感じるのは、お前ら、か?」
『多分そうですわ』
さらっと、今度はイルマタルが答える。
「へぇ、そう…じゃあ、僕と、妖ノ宮が一緒の寝所で寝ているときにも
お前らは居るって事でいいんだな?」
『そうだよー』
躊躇いなく、ワイナミョイネンが返答を返した。
あれであぁで今更な事ではあるが、五光夢路と妖ノ宮は
恋人関係にある男女である。
その二人が一緒の寝所で寝るということは、
それ相応のごにょごにょがあるということであって
それを見られている、見ているというのは相当の羞恥を双方にもたらす…はずだ。
普通は。
しかしまぁ、そんな繊細さがヤオヨロズにあれば、初代の妖の長たちが
彼らを見えなくしたりしたりはしないはずで。
予想していたこととはいえ、頬を引きつらせ、額に青筋を立てる夢路とは真反対に
ワイナミョイネンやそのほかのヤオヨロズたちは
はてーというようにのんきそうにふわふわ浮いている。
「………僕と、妖ノ宮が一緒に寝ているときぐらい、遠慮しろ」
『えーなんでー』
『どうして俺たちアクアシ見ちゃいけない?』
こいつらは…いい加減頭痛がしてきて、どうにかする方法はないかと
伽藍にでも尋ねるかと夢路が思ったそのとき、
アクワシの隣で浮いていたイルマタルとばっちりと目があった。
彼女はあらまぁという表情をしていたが、夢路と目が合った瞬間に
あなたも大変ねぇとでも言うような顔で目を細める。
その瞬間、ぶっつりと夢路の中で何かが切れた。
「見るな、寝所は見るな、絶対見るなっ」
『えぇー』
「いいからっ見・る・な!!」
夢路は一文字一文字区切って叫んだ。
アレの褥での仕草も表情も、自分だけが知っていればいいのだ。
ぎりぎりと射殺しそうな表情をしている夢路に、
あらあらとイルマタルは微笑ましそうな表情をし
他のワイナミョイネンとアクアシはなんでーと、心底不思議そうな表情を見せたのだった。
ちなみに、このときほど、己に緋燧石が埋まったままであったならと
思ったときは無いと、夢路は後に伽藍に零している。
…まぁ、それを語られた伽藍がどう思ったかは、言わずもがな、だ。
唯一つだけ、彼の思いを述べるなら、決して初代の長たちは間違ってなかったのではないかと
…そういうことだ。
---------------------------------------------------------------------------
夜光×妖ノ宮
「ひげ、ざらざら」
呟いて、妖ノ宮の柔らかい手のひらが夜光の顎をなぞった。
面白そうに、妖ノ宮の目がらんらんと輝いているが
触られているとしては夜光としては、全くもって面白くない…どころではなく
それよりも、体勢がまずいのが先に立つ。
真向かいに座り、身を乗り出しひげを見る妖ノ宮と夜光の距離は
あまりにも近く、その間には、手のひらを差し込む隙間ほどしかなかった。
吐いた息の温度すら感じられそうな、そんな距離まで近づいて
平然とした顔をしている妖ノ宮に、これは半妖だからなのか
それとも世間知らずの姫だからなのか、はたまた妖ノ宮自身の性格のせいなのかと
一瞬現実逃避をした夜光だったが、ふと下に目をやって、そのままぎょっと見開く。
目をうっとりと細め、唇を僅かに開いた妖ノ宮の表情がまるで
口付けをせがむ乙女のように見えたからだ。
その顔に、無用な衝動が奥からこみ上げてきて、
堪らなくなった夜光は思わず、妖ノ宮の肩をつかみ乱暴に己から引き剥がす。
「あ」
「あ、じゃないっ」
か細くあげられた抗議の声を一喝すると、肺に詰めていた空気を音を立てて吐いた。
本当に、たまらない。
この無邪気な妖ノ宮も、そんな彼女に近づかれてみっともなく動揺するような自分も。
本当に、たまらないったら。
---------------------------------------------------------------------------
伽藍×妖ノ宮
「妖ノ宮、その…」
言いづらそうに、伽藍が口ごもる。
いつもは躊躇いなくしゃべる彼が珍しいものだと、見上げた妖ノ宮から
彼はすぅっと目をそらした。
「…伽藍?」
「……………その、先ほどの、事だが」
先ほど?と、首を傾げる妖ノ宮に、伽藍はやはり言いづらそうに
「先の、子供たちにした話の事だ」
「あぁ、あれ」
「そう。あの話だが…何故、あんなに詳細に我のことを語れるのだ姫…」
「それは…見てたからよ?」
何を当たり前のことを。
きょんとした目で見つめてやると、巨体の妖はうっと息を詰まらせ
妖ノ宮から視線をそらした。
「何故、我など…見ても何も面白いことなどないだろうに」
うろうろと視線を彷徨わせ、耳を下げ尻尾をたらし、あからさまに動揺している伽藍に
良くぞこれで四天王が勤まっていたと、
神流河の神秘を妖ノ宮はまざまざと見せ付けられた気分だった。
いくら妖達の長としての価値があったからといって、これは国の上層にいるには素直すぎるような。
どうしようかしらと半分笑い出したいような気分になっていると、
それを察知したように、伽藍の尻尾がぴくんと跳ねた。
ぶっと噴出しそうになって慌てて口元に手をやると、
怪訝そうな伽藍と目が合う。
そこで妖ノ宮はふっと表情を緩めると
「だって、あなた、可愛いから」
「あ、あ、妖ノ宮っなにを!!」
彼が叫ぶと同時に、一気にぐわっと毛が逆立ち、ぴんっと尻尾と耳が立つ。
その分かりやすさに、今度こそこらえきれず、妖ノ宮は腹を抱えて爆笑した。
---------------------------------------------------------------------------
夜光×妖ノ宮
夜も更けきったころ、妖ノ宮は布団の中から天井をぼんやりと眺めていた。
『姫』
頭の中で、忍の声が木霊する。
低くて渋くて優しい声。
(夜光の声を聞くと、ぞわぞわする)
姫、と呼ばれて、覆面から覗く目がほんの少しだけ細められるのを見ると
内側からくすぐられているように、優しく胸中がさざめき立つ。
この感覚はなんという名なのだろうか。
…なんという、名なら良いと思っているのだろうか。
「わからない」
わからないが、次に夜光を呼んでその顔を見てしまえば
否が応にも答えが分かってしまう気がした。
---------------------------------------------------------------------------
佐和人×宮様
「佐和人」
「姫様」
「佐和人」
「姫様」
「佐和人」
「…姫様」
………向かい合う、一組の夫婦に奇妙な沈黙が落ちた。
「ねぇ、佐和人。私と」
妻はそこで自分を指し、次に夫を指差した。
「あなたは」
「夫婦です」
しょぼくれた顔で、夫は項垂れる。
それに柳眉を吊り上げて、妻は凄みのある表情を浮かべた。
「そうよね、そして私は姫様なんて名前じゃないわ」
「…その通りです。けれども、長年姫様と呼んできたのと
憧れ続けてきた感情があって、
どうしても名前をお呼びするのが難しいのです」
しょぼぼーんと肩をますます夫は落とす。
実に、哀れな姿であった。
その哀れさに、いったん怒りをときかけて、
いやいやここで許したのでは本人のためにならないと
妻は心を鬼にする。
「そうよね、じゃあ、私の名前ぐらい呼んで頂戴。
あなたは私の夫で、私はあなたの妻で、あなたは四天王をまとめる文官で、
あなたは私に相応しい人なのだから」
その言葉に俯けていた顔を上げた夫に苦笑して、
妻はそっと彼の手に、自分の手を重ねた。
「名前を呼んで」
彼の唇が開き、いくらか躊躇った様子で、また閉じる。
そのじれったい様子に、ぎゅっと重ねた手に力を込めると
決意したように彼は妻のほうを見て口を開いた。
「………………………………………妖ノ宮」
「佐和人」
にこりと笑って彼の名前を呼んでやると、影が落ちてきて、妖ノ宮はそっと目を閉じた。
---------------------------------------------------------------------------
詰め合わせセット1