なぜ、こんなことになったのか。

するりと解けた飾り紐を、掴んでしまったのがいけなかったのか。
それとも、思わずというか、ついついその後少女の髪の束を
持ってしまったのがいけなかったのか。
いや言うまい。
もはやこれは起こったことであり、今更それを覆すことなど誰にも出来ようはずがない。
「あの…鳩羽?」
「すまない、動かないでくれないか、妖ノ宮。上手く結べない」
首をかしげた妖ノ宮に嘆願して、鳩羽は再び妖ノ宮の髪を取り
彼女の髪を紐で結い始めた。

―なぜ加治鳩羽将軍が、担ぎ上げている姫君の髪を結っているのかといえば
理由は実にくだらなく、どうということはないことから始まった。
向かい合い、今後の方針について妖ノ宮と喋っている最中に、
彼女の飾り紐が解けて、思わず鳩羽がそれを捕まえ、
なおかつその後、それを彼女に返さずに、ついつい彼女の髪を手にとってしまった。
ただそれだけの話だ。
鳩羽からすれば、何を考えたわけでもなく、ただ反射の行動であったが
妖ノ宮からみれば、髪を結ってくれるつもりなのかと思えるような行動で
彼女は鳩羽のほうへ目をやった。
「鳩羽、髪を結ってくれるのですか?」
…それに対して彼がうっかり頷いてしまったのは、
まぁ、ただのノリと流れと勢いだった。

…なにもそんな難しい話ではなく、
くるりと妖ノ宮の髪に紐を巻き、蝶々結びにすれば良い
ただそれだけの話なのではあるが、あいにくと、加治鳩羽という男は
蝶々結びなどという、解け易く見目が美しいだけの、極めて戦場で役に立たない結び方というのは
知識の範疇外であった。
もう片方の、きちんと結われた紐を見れば、どういう手順で結べばよいのかは
なんとなくは分かるが。
これが、もやい結びだとか、巻き結びだとか、実用的な紐の結び方ならば
何一つ問題ないというのに、何故こんな、すぐに解けてしまう様な結び方で髪を結うのだろう。
もっと、解け難く、かつ解こうと思えばすぐに解ける、そんな結び方が理想なのではなかろうか。
…本当は、見目が美しいから蝶々結びされているのは分かっているが
しようもない悪態を心の中でつきながら、手を動かす。
そのたびに、妖ノ宮のさらさらとした髪が揺れ、鳩羽の手を擽る。
…美しく艶やかな黒髪は細く、引きちぎりそうで怖い。
おまけにふんわりと良い香りが鼻先をくすぐって、
目の前の子供が女人なのだということを見せつけられている気分で
思わず鳩羽は嘆息してしまいそうになる。
女人はあまり得意でないだ。
さっぱり何を考えているのか分からないし、わけの分からないところで怒り出したりする。
…妖ノ宮は、そんなことはないが。
やはり覇乱王が父親ということで、武人の考えに対して理解があるのだろうか。
詮無いことを鳩羽が考えた瞬間、ふいっと妖ノ宮が視線をこちらに向けた。
「…鳩羽、出来ました?」
「あ、あぁ」
思わず返事をして、しまったと後悔する。
どうにか動かしていた手で、何とか結べてはいるものの、
慣れないもあってか、結い紐の形は不恰好な縦結びになっている。
おまけに上下の輪の大きさは不揃いだし、へにょりと形は歪んでしまっていて
みっともないことこの上ない。
何か声をかけようとする前に、妖ノ宮は懐に忍ばせていた手鏡で
自分の頭の惨状を見てしまう。
「あ、いや、」
「……………」
じぃっと、手鏡の中を見ている妖ノ宮に、いたたまれなさしか感じられなくなった頃
鳩羽はようやっと、「女中を呼んでこよう」と
妖ノ宮に声をかけたが、彼女は手鏡の中の崩れた結い紐を見つめたあと
穏やかに首を振った。
「いえ、これでいいです」
「いや、しかし」
「…鳩羽、私はこれでいいのです」
そう言われてしまえば、もはや鳩羽に言えることなどない。
かたや美しく結ばれた蝶結び、かたや不恰好に歪んだ縦結び。
どうみても直した方がいいだろうに。
面映い気持ちになっていると、妖ノ宮が、鳩羽の結んだほうの髪に手を当て
微かに頬を染める。
それを見た瞬間、思春期の子供のように高鳴った胸を感じて
鳩羽は激しく動揺した。


















蝶々結びの出来ないおっさんは萌えるんじゃないだろうかと思いついて。