ぼんやりと、眼を開いた千尋が目にしたのは、自室の天井だった。
眠っていたせいか、視界が霞んでいる。
しかし、映る景色はとうに薄暗く
夕方か、もしくは夜明け前だとしれた。
どうしてそんなに長く眠っていたのか。
思って千尋は、自身の体調が悪かったことを、そこでようやく思い出した。
「あ…」
「なに、起きたの」
小さく声を上げた千尋にかかった声。
素っ気無く放たれたその声の主を、千尋は見なくてもわかる。
だから、千尋は視線をそちらに向けずに、天井を見上げたまま
こっくりと頷いた。
「うん、いま。…那岐、ずっとそこに居てくれたの?」
「ずっとじゃない。最初は風早がついてた。
だけどあいつ、岩長姫に呼ばれていったから、代わり」
その言いようが、いかにも面倒そうで千尋は苦笑をこぼすと
那岐のほうを見た。
彼は寝台から少し離れた場所で、暇そうに竹簡を眺めている。
そういえば、現代に居たころも、風邪を引くと那岐は、
こうしてなんでもないような顔をして、よく自分の部屋に居てくれた。
変わらないな、那岐はと、どことなく感心するような気分で
彼をしばらく眺めていると、気がついたのか、
那岐は不審そうな顔をして千尋のほうを見やった。
「………なにやってんの、千尋」
「ううん、別に」
横たわったまま首を振ると、那岐の目の色が
呆れの混ざったものに変わる。
「病人は寝てれば。悪化するよ」
「うん」
頷いて、それでも那岐を見ていると
彼はひとつ、ふたつ瞬きをした後、「何」と千尋に
どこか居心地悪そうな声を投げた。
おまけにくっきりと眉間にはしわ。
「な、なんでもないよ、うん。なんでもない」
千尋はその那岐の顔に、思わず噴出しそうになったのを堪えて
急いで寝台に横たわった。
じっとりと汗を吸って重たくなった布団の感触はよろしくなかったが、
文句を言われる前に眠らなくっちゃちゃと、千尋は目を閉じる。
その千尋の行動に、那岐がため息をついて、
もといた場所に腰掛けなおした。
それを気配で感じて、千尋はたいらかな気持ちで手を組んだ。
風邪を引いたとき、昔と同じように那岐がいる。
それならば、大丈夫だと思った。
どんなに環境が変わって、千尋も変わって、那岐も変わって、みんな変わってしまっても。
そこが変わらないのならば、きっと大丈夫だと。