ちょっぴりのネタバレを含みます。


















ぽかぽかとした昼下がり。
フィーリアは友であるクレメンスと共に、庭園で書を朗読していた。
クレメンスの知識蒐集癖は、本を読む力が奪われても、己の独りよがりさに気づいても
直るものではなかったらしく、今でも貪欲に様々な事柄を吸収していっている。
それで、書物を読めなくなった彼のためと、日頃執務室に篭りがちな
自分の気分転換をかねて、フィーリアは時折彼の好みの書物を選んで
中庭や庭園で朗読会を催していた。
「ガラスの製造法は、液体状態のものを急冷するものである。
ガラスを液体状態にするには、非常に高温な状態で溶解しなければいけないため
大面積のものを作成することは難しい。」
今回選んだのは、ゲルツェンのガラス細工の作成法。
正直朗読して内容が理解できるようなものなのかと、フィーリアとしては首を傾げてしまうのだが
クレメンス曰く、解るらしい。
そのことに感嘆を覚えつつ、フィーリアは本を読み進める。
「また、平坦なガラスを作成するためには、並べてアイロンがけしなければならない。」
ちらり、とクレメンスの顔を覗き見ると、朗読内容に彼は要所要所でこくこくと頷いたり、
むっと眉間に皺を寄せたりしている。
(どうしよう、ちょっと可愛いかもしれない…)
あまり表情と動きのない人だけに、これだけころころと動いたり表情が変わるのは珍しく
フィーリアはその後もクレメンスの目が見えず、怪しまれないのを良い事に
暫くちらちらと、クレメンスの方を覗きながら朗読を続けた。

「…ということで、ゲルツェンのガラス細工は、長い努力と、材料に事欠かない恵まれた土地の
両方が組み合わさっての物だと言えるだろう。」
決して薄いとはいえぬ本を最後まで読み終わり、フィーリアはぱたんと本を閉じた。
「クレメンス、どこかわからないところはなかった?」
「いいえ、陛下。」
首を振って否定するクレメンスに、そう、とだけ返してフィーリアはそっと眉を寄せた。
朗読を終えると、彼はまたいつもの、瞼を下ろした何を考えているのか見えない表情へと戻ってしまった。
そのことが、壁を作られている気がして、彼のことを思っている身としては悲しい。
王の試練の前に、知識のために魂さえも売り飛ばしてしまいそうな彼を止めるために
『私の愛を知って』と告白まがいまでしたのにも関らず、
結局その後の騒ぎで有耶無耶になって現在は良いお友達止まり
彼が自分をどう思っているかも判らない。
王の試練は簡単だったのに、どうして恋は上手く行かないのだろうと、
フィーリアはため息をついてしまいそうになる。
こうやって朗読会の招きは受けてくれるし、城に自分の得た面白い知識を教えに来てくれる事だってある。
その程度には仲良くしてくれる。
でも、その先なんて到底見えない。
(どうしてあの時告白まがいなんて出来たのかしら。
勢いって怖いものねぇ。)
あの日を思い出して、フィーリアはしみじみと思う。
ただ、関係が安定しまうと、そこを突き崩すのが怖くなる。
暫く沈黙していると、クレメンスが
「陛下。」
と短くフィーリアを呼んだ。
慌ててそちらに顔を向けると、クレメンスはなにやら難しい顔をしてこちらを見ている。
「…陛下、お忙しいなら別に、私のために朗読していただかなくても良いのですよ。」
気遣いと、困惑と、僅かな悲しみの色を滲ませた声で言われた突然の内容に
はて、とフィーリアは首を傾げる。
「あら、どうして?別に忙しいわけではないわよ。
それにこうしてあなたに朗読をするのは、良い気分転換になるもの。」
「そうですか、いえ…途中でどこか気もそぞろのようだと思ったのですが
私の気のせいだったようですね。
目が見えないせいか、耳からの人の感情を読み取るのは得意な方なのですが…。」
でも、陛下の迷惑になっていないようで、良かった。
と実にほっとした様子で、クレメンスが言った言葉はフィーリアの耳には入らない。
(気がつかれ、てた)
ばさり。
フィーリアの膝から本が音を立てて落ちた。
(目が見えないからって侮ってた?いやその、っというか、その
見てたことは気が付かれてないみたいだけど。
気づかれて無いわよね、気づかれてたらどうしよう、恥かしい、死んじゃう)
「フィーリア?!」
クレメンスの慌てる声も聞こえない。
フィーリアは自分の両手で顔を覆い隠し、気づかれぬように震える吐息を吐いた。
この時程フィーリアは、クレメンスの目が見えないことを感謝したことはない。
自分の見事に赤く染まったこの顔を、クレメンスが見えなくて良かったと。
それと、顔を見ていたことでこれだけ恥かしくなるのなら、暫くこのままでいい
告白なんて、絶対無理だとも強く。























EDって選択肢によってはお友達なんですね。 一応片両思い話なんですよ、これ。