大人五題 全てカップリングなし・シリアス
あれは不完全な人間 (兄とフィーリア)
完全に見える不完全な人間。
それが兄フィーリウスに下した、妹フィーリアの評価だった。
生ぬるい情など一切混じっていないその評価に相応しく、
兄妹らしいことなど何一つしたことはない。
ただ鏡のように相手の望む自分でいる兄に、一切何も望まなかったフィーリアの傍では
フィーリウスは何一つとしてなさなかった。
冷えている、憎々しい、嫌い、負の感情すらも抱かず、互いの間にあったのは、ただ「無」のみ。
「でも」
夜の帳も下りきってエクレールも下がり、一人になった暗い部屋でフィーリアは呟いた。
「枯れ木も山の賑わい、というやつかしらね。」
周囲が敵だらけとなった今、兄が隣にいたなら、とどうしても夢想する。
どうしようもない事を考えている暇があるのなら、
この状況を打破する策でも考えねばならぬというのに。
どうしてもその想像を止められぬ自分を、フィーリアはただ恥じた。
彼はいつも一歩離れて此方を見ている (ディクトール)
幸せはいつも、自分の向こう側にあった。
どんなに心砕いても、決して幸せは自分には訪れぬ。
妻も子も国も手に入れて幸せだった無能な男は、幸せなままシジェルの野へと逝き
それを支え続けた自分には、何一つとして残ってはいない。
無性に口惜しく、悲しかった。
そして彼は、国に、王に、反旗を翻す。
みせてみよ、その必要性を。
みせてみよ、王たる証を。
声高に叫ぶ彼の心のうちを知るものは誰もいない。
無慈悲を演じる義務 (イリヤ)
我が愛し子には、慈悲を。
以外の者には無慈悲を。
王女の命にて、ロクス・ウィリデスに現れた蛮族掃討が行われた。
赤い命の象徴を吸って大地が染まり、剣戟の音が鳴り響く。
その中心に、王女の騎士イリヤはいた。
蛮族との交戦が始まってもはやどれほどの時が立ったかはわからないが、
戦いは確かに終息に向かおうとしていた。
多分あと1時間もしないうちに、蛮族どもは自分達の住む土地へと帰るだろう。
だがその前に、いつかまた蛮族が攻めてくる、それを少しでも遅らせるために、
目の前のこいつらを殺さなければ。
銀色の美しい髪の毛は乱れ、金属で出来た鎧の重みが酷く煩わしく感じるほどに消耗してはいたが
小さく息を吐くと、突撃槍を握りなおす。
バンプレートに覆われた内部は熱気がこもり不愉快だったが、今はそれすらも些細なことだ。
栗毛の愛馬に跨り、赤く染まった突撃槍を握り締め、蛮族どもに向かって突進をかける。
景色が流れ、風を切る音が耳の傍で聞こえる。
そして間近に敵が迫るその瞬間
「おぉおおおおおお!!」
からからの喉を振り絞り、イリヤは吼えた。
その声に応えるがごとく、馬の足が大地を蹴り飛ばし、槍は一挙に幾人もの蛮族の命を奪い去る。
ほんの一瞬ちらりと目を走らせて、それを確認したイリヤは全力で馬を駆けさせ一挙に離脱した。
ポールアームで馬から落とされぬよう、周囲を警戒しながら安全な場所まで駆け抜けると
イリヤは馬をとめる。
その瞬間だった。
怒号と悲鳴の入り混じった戦場でも、一際大きい悲鳴が聞こえてきたのは。
思わず振り向くと、自分が先ほど突撃してきた場所にある死体に
追い縋って蛮族の男が泣いている。
戦場で何を無用心なと、馬鹿ではないのかと謗る前に心に浮かんできたのは、
(友なのか)
あぁ、そういえば、彼らも人なのだった。
忘れかけていた認識が、頭の隅から浮上しかけるが、イリヤはそれを再び底へと沈める。
「忘れるな、あいつらは人である前に…敵だ。」
責務と良心と打算と諦念と (フィーリア)
彼が自分の即位を否定した時に、本当は、さもありなんと心のどこかで思ったのだ。
こういってはなんだが、自分の父親は、良い父では会ったが、良い王ではなかった。
いかにもどうしようもない凡愚であったなら、傀儡のように操れただろうに
それが出来ない程度には賢しく、そして凡庸な男で
そんな男に半生をかけて仕えていたのだ、彼が王家を信用できなくなっても仕方がなかろう。
「でもねぇ、負けてあげるわけにはいかないわよ、ディクトール。」
国王だろうが、政略結婚の道具だろうが、やることなんて変わりはしない。
立派に国の贄としての責務を果してやろうと、クィーンの駒を弾いた少女の顔に陰りなどありはしない。
泣く資格など、ない (誰かとエクレールとフィーリア)
「―――殿が、戦死されました。」
重々しく告げられたその言葉に、フィーリアはそう、とだけ呟いた。
その騎士は、親衛騎士の中でも一際フィーリアと仲がよく
時折茶会を共にしたり息抜きの相手を務めていた。
身寄りもいなくなった幼けない少女に、そんな人間の死を告げた自分が
酷い悪人のような気がして、エクレールはただ押し黙る。
「別に、エクレールが気にすることではないのよ?」
心中を見透かされたような台詞に、はっとフィーリアを見る。
その表情には、一欠けらの悲しみも浮かんでいなかった。
「姫様?」
「悲しむと思った?泣くと思った?」
思わず漏れ出た疑問の声は、同じく疑問で返される。
困惑の表情を打ち出したエクレールに、フィーリアは苦く笑ってみせた。
「泣くことも悲しむことも、私には許されていないわ、エクレール。
騎士は主の剣、主の手足。ならば、頭は私。
私が、彼に、命令をしたの。」
命じたのは自分だ。
全ての責任は、自分にある。
泣く資格など、あるはずもない。
あとがきのようなもの
・あれは不完全な人間
あんまり兄さん単体を心配する台詞(選択肢?)がなかったので
仲そこまで良くなかったのかなと、邪推
・彼はいつも一歩離れて此方を見ている
ディクトールです。
此方は幸せ。
・無慈悲を演じる義務
よく蛮族攻めて来るなぁと思って。
・責務と良心と打算と諦念と
多分彼は〜と意図せずして対か続きになってしまったような…
・泣く資格など、ない
武力低い人に鎮圧・退治・決闘をさせるとすぐ死ぬよね…
いえ、全体的にすみませんでした。でもいっつもの芸風です。
ラブも、ギャグも、シリアスも突き抜けているものしか書けません。
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