もどかしい二人へ5のお題

この関係に名前を付けるとするならば

「まぁ、お似合い」
「あら、本当」
二の姫と連れ立って、熊野の地を歩くと
必ず、さざめきたつように、若い女がひそひそと話す。
「…狭井君か…」
一度ならともかく、二度三度、外出するたびに繰り返すそれに、
熊野の主とも言える、中つ国の旧臣の名を呟き
忍人は舌打ちでもしたいような気分になった。
さざめく女を横目で流し見ると、
市井に居るくせに、仕立ての良いものを着ている。
おそらくは、彼女達は狭井君のところののようなものだろう。
狭井君は、こうやって外堀から生めて、
王の伴侶を決める腹積もりに違いないと、
忍人は鋭く理解した。
権力のあるもののうち、姫の傍近くにいて
それでいて野心も抱きそうに無い己に、
王の伴侶の役を与えたいのだろうと、
そこまで考えて、忍人は内心閉口した。
そのようなことは、中つ国を平定してからでも
困らぬことではないか。
そんなことに割ける余力があるのならば、
それよりも豪族達に力を貸してもらえる手はずでも整えればよいものを。
賢しいやり口が気に入らず、忍人は眉間に皺を寄せる。
大体が大体。
ちろりと、隣で呑気そうに歩く、二の姫を見る。
彼女は、中つ国を平定するまでは、まったくそんな余裕など無いだろう。
おまけにいえば、彼女はそんな話が出たところで
口うるさくする己のことなど、きっと伴侶には選ばない。
常日頃から、姑のように「一人で歩くな」「将としての自覚を持て」
「感情をあまり見せるな」などと耳にたこができるほど
言っている自分を思い出し、それから、言わせている二の姫の行動を思い返して
まったくと、忍人は苦笑した。
一人で出歩き、軽々しく人に話しかけ、気安い言葉を許す。
王として、上にいただくにはまだまだだと、
そう思いながらも、なぜだか喉がつまった。
その理由も、忍人は正しく理解したが、
努めて見ないふりをした。


あと、10センチ

戦場で、千尋のすぐ横を弓矢が掠めた。
あと十センチ、こちらに近ければ、確実に頭を射抜かれていただろう。
「大丈夫か!」
走りよってきて、忍人がすぐ横に張り付くようにして、警護に回る。
ぴたりと、寄り添った体温が千尋の動揺を消し去ってくれる。
「…大丈夫です」
答えて、千尋は弓を構えた。






じれったい奴等め

さて、この度中つ国の二の姫千尋と、常世の国の皇子アシュヴィンは
めでたく婚姻を結んだ運びになるわけになるのだが、
ここで思いもよらない事態が発生したわけである。
すなわち、アシュヴィンの女心への理解の無さ。
マリッジブルーになっている千尋にも気がつかず、
無神経に言葉をつむぐさまには、苛立ちもわかず、
ただ呆気にとられるより他ない。
「…俺は、彼はけっこうなんでも器用にこなして
そつの無いタイプだと思っていたんですが」
「私もそう思っていましたが…」
ぼんやりと、庭でかわされる千尋とアシュヴィンの会話を部屋の中から眺めて
風早と柊は言葉を交わした。
「あぁ、千尋が泣きそうだ…」
「我が君に涙を…天をも恐れぬ行いですね」
「まったく、彼は何をやっているんだか」
「まったくですね!」
怒りを燃やし、まるでアシュヴィンに呪詛を送るような視線を向ける二人。
「いや、あんたらの方が何やってるんだって感じだから」
そこで、放っておけばよいのに、那岐が勇気を持って突っ込んだ。
その蛮勇に、他のものは、心の中で賞賛を送ったが
あくまで心の中だけに留める。
はっきり言って、係わり合いになりたくなかった。
皆が、思い思いに視線をそらす奇妙な空間の中
風早が那岐のほうに向き直って、がっちりと肩をつかんだ。
「なに、ちょ」
「俺のお育てした姫だよ、那岐」
「え」
「俺が、大事にお育てした姫なのに!」
「つまりとんだ父親気分か、あんた!!」
掴まれた手を振り払い、叫ぶ那岐に当たり前じゃないかと風早が返す。
それにどっと疲れを覚えたその直後、柊があぁ!と声を上げ
風早が一目散にかけて身を乗り出した。
ちょっと良い雰囲気ですね。おや本当だ。
これで幸せになってくれるといいんですけど。
いや全く。
交わされる会話にあふれる父性に、吐き気すら感じて
那岐は眉間を押さえ、天を振り仰いだ。
「あの二人が、じれったいのがいけない……」
昼寝すらできない鬱陶しさに、那岐は早く収まるべき形に収まってくれと
涙ながらに天に祈った。




別に、理由なんてない

目の前で泣く少女の肩の狭さに、改めてリブは千尋の幼さと儚さを知った。
視線を落とし、嗚咽をこらえ、ただ肩を震わせて
ぽろぽろと二の姫でない千尋が泣く。
どれほどまでに傷ついて、どれほどまでに耐えてきたのか。
心の中についた傷には、きっと常世のものとして攻めたリブとアシュヴィンの
つけたものも混じっているのだろう。
そして、それ以上に姫としての重圧をかける、中つ国のものの負わせた傷があるのだろう。
「大丈夫、ここには、誰もいません」
いっそ神経質なほどに声の中から
棘もなにも、彼女を傷つけるもの全てを排して
優しく優しく呟く。
すると、彼女はリブの顔を見上げて、ふるふると唇を震わせたかと思うと、
ぎゅっとリブの袖を掴んだ。
その手に、自分の手のひらを添えると、彼女は火がついたように
涙を零し始める。
その姿を見て、リブは、姫でない千尋をどこまでも優しく甘やかしたいと思った。





目が合わせられないのは

目があわせられないのは何故か。
それは、心にやましいところがあるせいだ。
主とは、天にいて、決して御心に触れようなどとは
思ってはいけない存在。
それだというのに、あの方が、膝を折って目線を合わせてくれる方だから、
お優しい方だから、まるで自分と対等のように、人と接してくださる。
その優しさに勘違いをした自分が、酷く後ろめたく、苦しい。
「姫…」
どうすれば、この想いは振り切れるのだろう。
どうすれば、姫と目が合わせられるようになるのだろう。
わからなくて、男は首を振って、目を覆い隠した。
この目玉が、なくなってしまえばよいのに。
浅ましい思いで、我らが王を見るこの目など。






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