少しのネタバレを含みます。
それと×でなく+です。
王女は先王と先王妃の娘ではない。
先王妃の不義の子である。
最近まことしやかに囁かれる噂を気にした様子もなく、
執務を続けていたフィーリアが、ふと思い立ったようにレミーを召喚した。
前々から頻繁にとはいわずともそれなりに、呼んで茶会を共にしたりしている騎士であったので、
いつものこと、と城に住まう者はいつも通りに振舞うフィーリアを頼もしく思いこそすれ
その他の意図など考えもしなった。
呼ばれた当人を除いては。
「ねぇ、レミー?」
相棒のカラスが嫌がるという、実にふざけた理由で、己と会うときには
いつも場所は屋外にしてもらっている。
今回指定された場所は中庭。
そこに設置された実に見事な茶会用の小さなテーブルと椅子に腰掛けると、茶と茶菓子が給仕された。
人払いをしてあるのか、他の人間の気配を感じない。
給仕女が立ち去った後、挨拶も早々にフィーリアが目の前に座るレミーを見やった。
その目には、いかなる感情も浮かんではいないがその代わり
恐ろしいまでに切れ味の良い刃物のような光が宿っている。
(これは、ばれたかな)
実は近頃流れる噂の流布、これを手助けしたのはレミーだった。
姫の騎士であるレミーが、宰相の工作を手助けしたのはただ「面白そうだった。」
この一点に尽きる。
試練が始まって、姫と契約する以前より宰相と約束をかわしていただとか、
そんなものは二の次でただ面白そうだった故に、その噂が流れるのを妨害されないように、
自分と相棒のカラスで彼女の目と耳である密偵を消したのだ。
文字通り密偵は全て消してしまったから、証拠を掴んだとは思えないが
何にだって絶対がないことも、レミーは良く知っている。
だが相手が何かを掴んだ確証もない。
とりあえず己との会話中に証拠や確信を掴まれたなどという、
失態を犯さないためにレミーは常通り、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「何でしょう、フィーリア様。」
「ちょっと楽しくない話なのだけれど…」
先王妃譲りの整った顔に穏やかな表情を浮かべて、フィーリアはつぅっと目の前に置かれた
茶器の取っ手をなぞる。
「私の密偵が消されたのよ。」
「へぇ。それはそれは。」
「それで私、少しばかり犯人に言いたいことがあって。」
「それはそうだろうね。」
「そうなの。だから、レミーあなた、代わりに聞いてくれる?」
下手な三文芝居のような会話。
だが空恐ろしいまでに空気は寒々しく、
まるで強風の中ピアノ線の上を目隠しして、歩いているような
恐怖感がレミーを襲う。
口内から見る見る間に水分が引いていき、妙に喉の渇きを覚えた。
「……喜んで、フィーリア様。」
だがそれでも、笑顔だけは保ち続ける。
矜持だった。
そして沈黙が二人の間に降りてくる。
レミーにとっては1秒にも、1時間にも感じられたその沈黙は
くすりという声と共に、フィーリアが終わらせた。
あっというまに、フィーリアの目から剣のような空恐ろしい光が失われ、
代わりにいたずらっこのような笑みが浮かべられる。
「ふふふ、やっぱり勿体無いわよね。最初からそんなつもりはなかったんだけれど。」
「え」
「あのね、種をまいたのは別の人でも、雑草を抜き肥料を与えたなら
収穫する権利は、私はあると思うのよ。ね、レミー。」
「……そう、だね。フィーリア様。」
「そんなに怖がらないで。これだけ、言いたかっただけですから。
意味、解らないほどあなたは愚かしい人ではないわよね?」
首をかしげられて、レミーは一瞬だけ目を瞑り、苦い苦い敗北の笑みを浮かべた。
悪名高い自分を雇った時には、「そんなあなただから選んだ」と言い
初めての召喚の際に一人で来いといったなら、本当に一人でやってきた挙句
「このスリルが楽しいのよ」とのたもうた、規格外れの主。
主を呑んで自らの思うがままに振舞った事は多々あれど、
この主にそんなことできはしない。
あぁ、本当に適わない。
全てわかっていながら、罰するのでも解雇するのでもなく、自分で片をつけろと
なんでもないように優雅に微笑み裏切り者に命令した主に、レミーはその時真実膝を折った。
フィーリアがフィーリアである限り、このまま傍で仕えていれば絶対に退屈はしない。
一生を楽しめる。
それはもはや予測ではなく、確実な未来だ。
その為には自分の享楽の後始末をしなくては。
レミーの思考を読んだ様に肩に止まったカラスが鳴いて、
続いてフィーリアが、なぞっていたその手で、今度は茶器を爪弾く。
カァンという高らかな音が、いたずらをした僕におしおきが終わったのを告げた。