多少のネタバレを含みます。

























「……それじゃ、元気で。」
そっけない別れの言葉を告げると、目の前の少女はゆっくりと瞼を閉じた後
美しい微笑を浮かべた。
「えぇ、レミー。終わったら王の親衛騎士になりに来てちょうだい。」
勝利もいつかまた会えることも疑ってもいない眼差し。
またね、と手を振るフィーリアに、苦笑しつつ退室したのを昨日の事のように覚えている。





ぱちりとレミーは目を開けた。
顔の横にある短い雑草には朝露が乗っている。
空に目をやると、丁度朝日が昇り行くところだった。
身を起こし、枕にしていた荷物についた土を手で払う。
懐かしい人の出てくる夢を見た。
もう半年以上も会っていない人なのに、鮮明にその声も顔も姿も覚えている。
『レミー』
耳元で彼女が自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、レミーは軽く笑った。
なんて甘ったるい。
布団代わりに使った、少し朝露に濡れたマントを身に纏い立ち上がると
相棒が羽音を立てて飛んできて肩に止まる。
カツガツン
色ボケした頭を叩きなおすように、突付かれた。
「まったく、ケリがついても突付かれるのが治らないとはね…。」
しかもそれが結構痛かったりするのだから最悪だ。
片手で相棒の攻撃を防ぎ、もう片方の手で荷物を背負う。
そのまま無言の攻防を繰り広げつつ、レミーは木陰につなげてある愛馬の前に立ち
適当に木に縛り括った手綱を解いた。
「さて、王城まであともう少し、か。」
独り呟いて、ひらりと馬に跨る。
このままいけば、あと半日もすればロザーンジュに着く。
あぁ、でも再会出来るのはまだ先かな?
王ともなれば執務も忙しいだろうし、一介の騎士の身分では早々に会うのは難しいだろう。
レミーは実に現実的に予想を立てた。
とりあえず、王都に着いたからといって、フィーリアに会えるわけではないが
まぁそれでも早く着くに越した事は無い。
馬の腹を両足で圧迫し発進の合図を送り、レミーは王都へとその歩みを進めた。





予想通り、レミーが王都へと到着したのは半日後、太陽が沈みかける頃だった。
出てゆく前よりもより一層賑やかになった城下町に、
フィーリアの辣腕ぶりを思い知るよりも先に、
うへぇという心底鬱陶しそうな声が漏れた。
「ここを通り抜けるのか。」
ごちゃごちゃと五月蠅い位に人通りの激しい道に、げんなりとしつつ王城へと歩く。
とりあえずあの眼鏡の執政官殿に会って、面会の約束を取り付けねばなるまい。
人の波をかき分ける様にして、王城へと進む。
…城門の前についた頃には、レミーはぐったりとしていた。
肩と肩がぶつかったり、うるさい売り子の声に思ったよりダメージを食らったのだ。
何故ここに来るだけで、これ程疲弊しなくてはならないのだろうか。
恨み言を心中で山のように積み上げて、レミーは久方ぶりに見る王城を見上げた。
賑々しかった町とは裏腹に、王城は厳粛にそびえたっている。
それはここに居た時から変わらない光景だ。
変わらないといえば、門番の方も変わっていないらしい。
以前飽きるほど見ていた、髭と若者の二人組みが城門の前を守っている。
どうにか顔パスで、中に入れたりしないだろうか。
取次ぎの面倒くささを思って、レミーがそんなな事を思った瞬間
肩に乗っている相棒のカラスがばささっと音をたてて羽ばたいた。
「クワッ」
「うわ」
「へ---」
誰かの声が聞こえたような気がしたが、羽ばたきの音と
鳴き声が邪魔をして何を言っているのかさっぱりわからない。
分からないのは、耳だけではない。
視界も真っ黒な羽に覆われて、全くもって分からなくなっている。
「ちょ、やめっ」
無理矢理カラスを横に押しのけ、視界と聴覚を取り戻すと
門の向こうに、金と青が見えた。
「え」
思わず目を見開いた。
だけど、向こうにいるその青が手招きしているのが見えて 誘われるままに、一歩進む。
二人の門番は、庭園にいる人が確かに招いているのを見て
ざっと横にひいた。
門をこえ、王城の中に入り、手招きしていた人の前に立つ。
「お帰りなさい、レミー。」
何でここに居るのだろう。
まさかここに来てすぐに、会えるとは思っていなかった。
あぁでも何で。
混乱するレミーは、それでも何か言おうと口を開ける。
そうして、出てきたのはただいまでも何故でもなく
「いつか言われたように、なりに来たよ。」
何にかが足りてないその言葉に、最後に見たときよりも大人びた少女は
目を二三度ぱちぱちと瞬かせた後、納得したようにほぅっと息を吐いた。
「…じゃあ、最初の仕事として、部屋まで連れて行ってくれるかしら、レミー。」
「よろこんで、フィーリア様。」
差し出した手の上に、小さな手が重ねられる。
目が合うと、フィーリアはあの日と同じように美しい微笑を浮かべた。