ターブルロンド国のプリンセスフィーリアは、手に触られることを厭う。
決して周知の事実ではないが、公然の秘密のような話である。
無論、エスコートのために差し出される手を拒むわけではない。
だが、好んで取りたがるわけでもないのも事実だった。
「フィーリア様は。」
「なぁに?」
おっとりと傾げられた首に、穏やかな微笑み。
たゆたう黄金色が目に眩しい彼女を見て、レミーは目を細めた。
見た目だけなら完璧な淑女であるこの主を見ているのはとても楽しい。
だけれども
「フィーリア様は、どうして手を触られるのが嫌いなのかな。」
からかうともっと楽しいのだ。
瞬間、がたりと歯車が噛み合わなくなるように、彼女の表情と雰囲気が噛み合わなくなった。
年頃の少女らしい甘やかさと、幼さ、それと王族であるに足る気品の入り混じった雰囲気から
切り裂くような鋭さと、王者の圧迫感のあるそれへと移り変わる。
そして穏やかな表情のまま、雰囲気だけを変えてフィーリアはもう一度首を傾げて見せた。
「余計な事を、聞くのね?」
「性分だからね。」
「…長生きできそうにない性分だことね。」
怖いが脅され慣れている。
レミーがさらりと返すと、フィーリアは頭が痛いといわんばかりに
額に整った指をあてた。
その様を真正面から見つつ、レミーもまた額に指を当てる。
ただし彼の場合は考え事をする時のような仕草で。
「麗しいプリンセスフィーリア。
諸外国からの評判も決して悪くなく、王の試練とてこのまま順当にいけば
勝ちぬけるであろう才女。
騎士や、城の人間、領主、果ては敵対している宰相とまで関係が良好な
君の姿を見ていると、とてもじゃないけれど人と触れ合うことが嫌いとは思えない。
なのに、どうして手に触られるのは嫌なんだろうね。」
心底、だがわざとらしい不思議そうな表情と声色で問いかけると、
フィーリアはうつむき加減だった顔をあげてレミーにそれはそれは嫌そうな表情を向けた。
「前々から、いえ、最初から思っていたわ。」
「どうしてこいつはこんなに性格が悪いんだって?」
「えぇ。そのとおりよレミー。とうとう人の心まで
読めるようになったのね。羨ましいわ。」
羨ましいなどとは、料理に入れるほんの一つまみの塩ほども思っていない様子で
フィーリアはため息をついた。
「脅されて堪えるのなら、可愛げと言うものがあるでしょうに。
可愛くないわ。ちっとも。」
「フィーリア様は可愛いよね。」
その発言に空気が凍った。
「…………………は?」
「フィーリア様は可愛いよね。」
二度繰り返せば、主は間抜けに口を開けかけ、
次の瞬間意識を取り戻した様子で瞬時に閉じた。
いやいや、こういう所も愛らしくはあるが。
意識は取り戻したものの、未だ呆然としている少女からじわりじわりと距離をとり
扉に手が届く距離まで近づくと
レミーはそれはもうかつてないほどに、にっこりと微笑んで
「いやいや、まさかまさか、誰も思わないだろうね。
剣ダコを人に悟られるのが嫌で、他の貴婦人方と違うのが嫌で、
手を取られたがらないなどと。」
ターブルロンドは騎士の国。
ターブルロンド王家は騎士王の血筋。
故に女の身であるフィーリアさえも、剣の修業は受けている。
だから、他の社交界にいる花よ蝶よと育てられ、
フォークより重たいものなど持ったことがないであろう他の貴婦人方とは違い
彼女の手は平たい代わりに、血豆剣ダコでデコボコ、
柔らかくなどなく、固い皮膚。
「…レミー」
「フィーリア様は可愛いよね。」
もはや怒りも通り越して、凍土のような視線で射ぬいてくるフィーリアに
からかうような声だけ残して、レミーはすぐさま扉の向こうへと身を翻し駆け去った。
後にはただ、部屋の中央にフィーリアだけが取り残される。
「…腹立たしいわ。」
ぼそりと呟くと、乱暴に椅子を引き、フィーリアは机に肘を乗せて
息を吐き出した。
うつ伏せたその顔の色は、赤くも青くもなかったが
金の髪に隠れた耳たぶが真っ赤に染まっていることを知る者は
本人以外はだれ一人として居なかった。
超捏造。
信じてはいけませんよ。